憎むべきは誰もいない

私は、幼い頃に父親を亡くし、

その後母は再婚し、とても過酷な幼少期・青年期を過ごしました。

 

小学4年生の頃には、あまりに辛い人生を終わりにしようと、

大雨の中、自殺を考え歩いていた日もあります。

でも、その時、

”あんな奴の為に、死んではいけない。この先何十年と続く未来には、必ず幸せな日がやってくる。”

そう強く思い、生きることを決意しました。

 

それからも辛い日々は続き、その中で私は想像の世界に逃げながら、父の死を悲しみながら、毎日を耐えました。

 

時には、”優しい誰か” を空想の中に作り出したり、

父の仏壇の前で、助けを求めて泣いたり。

”私はいつかの役目の為に、敢えてこの苦労を経験させられているんだ。と

映画のような空想を見ていた時もあります。

 

少し、変わっている子でした。

 

そして、私は兄弟の中でも真面目で、要領が悪く、そして勝気な性格を持っていたので、常に怒りのターゲットになっていました。

外に繋がることを制限され、ただ力で抑えられ、従うように育てられました。

助けを求めても無駄だということは、何度も求め、否定される中で学んでいきました。

だからこそ、たまに自分自身も心を爆発させながら、辛い日々の中で、時には冷静にその状況を眺め、様々なことを理解しようと思考しました。

その、辛い状況の中で見えたものは、

私が憎んでしまった人の

”悲しみ”の姿であり、

”愛”を求める、人としての可愛さと

それが叶わない”苦しみ”でした。

隠れて悲しむ姿、必死に愛されようとする姿を見せられたのです。

その時に、

母を、義父を助けてくれる人がいたらいいのに。

と思っていました。

 

私は、いつも

”どうしてなんだろう”

と考える子でした。

 

それは、人に興味を持ち、

”理解したい”と思う、

”私”の土台となっているのだと思います。

 

私に悲しみや怒りをぶつけた人は、

本来は、心の優しい人でした。

いつも母に愛を求め、

愛されるように努力をしていました。

 

その人の幼少期の話を聞いていると、

育つ過程で、誰かの不安や欲により間接的にその犠牲となり

必要な愛情が満たされていないことがわかりました。

 

そして私を、その悲しみの犠牲にしていました。

 

そのことに気づき、

どうにか許そうと、自分に言い聞かせたこともありました。

しかし、いくら待っても私の理想のように人が変わることはなく、心が癒されません。

関わりを持つたびに、

過去の自分が感じた同じ悲しみを感じ、

私は、生きていく為に邪魔だと感じたその辛い感情に蓋をしました。

 

また、自分自身も子どもを育てるようになり、

自分がしてほしかった、理想の母になろうと努力をしました。

しかし、いつも ”こうなりたくない”という不安な気持ちで焦り、

”こうしなきゃ”という思いに駆られました。

 

父のように夫が死んでしまったら、私は稼ぐ力がなく子どもを守れないのではないかと、

専業主婦でい続けることを不安に思い、働きたいと頑張りました。

 

夫に無理をさせてしまったら子どもにぶつけてしまうのではないかと、泣いている娘を預けることもできず、

一人で抱えていました。

 

働くためにも、子どもの成長の為にも、食事が基本だと手を抜くことに罪悪感がありました。

 

子どもの話を聞き、不安を受け止め、子ども一番でいなきゃと頑張りました。

 

気軽に相談できる人がいないので、わからないことは調べ、勉強しました。

 

その他にも、大変そうな人を見過ごせず、

無理して協力しようとして、

夫との関係が悪くなっていきました。

 

 

自分が耐えつづければよいと、

無理やり蓋をした自分の感情は、

ふとした時にあふれ出し、涙がとまらなくなることが多くなってしまいました。

 

そんな状況で、どんどん上手くできないことが増えました。

もともと余裕のない状態でできないことが増えていくと

どんどん周りに負担がかかり責められるようになりました。

責められ続けると、子育てできなくなることが怖くなり、

そこから逃げるように、

一人で頑張るようになっていきました。

 

私は、今振り返ると

一人では到底無理な量の責任を、

大きく感じて無理をしていました。

 

若いから大丈夫だと、無理をしている自分にも気づけず、

上手な頼り方もわかりませんでした。

 

誰かに笑顔で声をかけたタイミング、

買い物に行こうと車を降りるときなど、

よくわからないタイミングで急に涙がとまらなくなってしまいました。

 

その状態でも、”生きていかなきゃ”

と無理をして、仕事や母親を頑張り続けたとき、

こどもの辛い時期に寄り添える余裕がなくなり、

自分を責めて、内にこもりました。

 

外の刺激をブロックし、

できることを絞りながら、

優先順位をつけ、何を大事にすればいいのかを考え、

傷つきながらも必死に生きました。

 

命より大切なものはないと、

必死で家族の安全を確保し、

頑張る形を変えて、

大切なものだけを大切にしました。

 

それだけで、本当にいっぱいでした。

 

でも、ここまで来なければ

大切なものを絞ることもできなかったのです。

 

気になることを全部自分でどうにかしようとして

手放すことができなかったと思います。

 

自分自身が、このような人生を歩む中で、

”どんなときでも大丈夫”

という、本当の安心が必要だと気付きました。

 

それがあるだけで、

無理を感じた時に

安心して休むことができたり、

焦って心を壊すこともなくなります。

 

私は、誰かが助けてくれるとか、

なんくるないさが、

信じられないくらい、

不安でいっぱいの中

生きていたんだと思います。

 

みんなそれぞれ様々な事情があって、

その中で頑張って生きています。

 

頑張れない時に、

助けを求めることを責められることなく、

みんなで支え合う。

 

誰だって、人生の中で助けが必要な時があるのだから、

”助けてほしい”が

もっと気軽に言える世の中になれば、

救われる命も増えて、

優しく、幸せに暮らせるんじゃないかなと思います。

 

自分が経験してきたように

辛い状況で辛い時期を生きている人がいたら、

立場や年齢なんて関係なく、

男か女か、役に立つか、立たないか、いい人、悪い人も関係なく、

みんなが救われる時代を作っていけたらと思います。

 

憎むべきは誰もいない。

みんながそのままを受け入れ、許し、

どんなときも安心でいられる環境は、

人が生涯成長するために、必要だと思います。

 

2023/05/19 未来叶rie